ひげすずめのときどき日記

higesuzume.exblog.jp

こんな撮影者には......

数年前から通い、カワセミを撮影している公園の話である。
公園の内には小さな人工池があり、その側らを流れる小さな川は生物の生態に配慮した護岸が施されている。
カワセミの摂食、求愛、給餌、子育て、縄張り争いと様々な生態を間近で観察することができる貴重な場所で、
気軽に足を運べるカワセミ撮影場所の中ではもっとも気に入っている。

僻地ではないので周りには住宅もあり、犬を散歩させる人や、花や昆虫を撮影される方や、ボール遊びをする
子供や外勤の合間に休憩する大人や、釣りを楽しむ方ももちろん居る。
そんな環境の中で、尋常ではないごつさの三脚に超望遠レンズ装着の黒いカメラを担いだ撮影者は、周りから
見ると怪訝に思われるに違いない、場合によっては不審者である。

でも、住民から川に降りるための私物の梯子の通行を勧めていただいたり、畑で収穫したばかりの野菜を撮影
中に差し入れしていただいたり、私のブログを見ながら家の前で暮らすカワセミの話を孫にすることができたと
お礼の言葉をいただいたり、嬉しいことには事欠かない。
何年もの間、公園を楽しむ周りの方々や住民と親交し、道で住民にお会いすれば挨拶もかかさず、風景の中での
自分の異物感を払拭するための行いをしてきたつもりなので、その報いととても有難く感じている。
そんなことは山や田舎に行けば普通のことではあるが。

今年の春の繁殖期くらいから、この公園への足が遠のいている。
理由のひとつはカワセミ撮影者が増え、池の畔で砲列を成しているという話を聞いたからである。
公園の利用は自由であるし、良い撮影場所に人が集まるのは仕方がないことなので、文句を言う筋合いは無い。
ただ、個人的にあの小さな公園の中での砲列に加わりたくはないし、私の撮影地点が砲列を成す人たちから
みると、まるでカワセミ飛来を妨げているように見える場所だから少し身を引いている、という感じである。

ただ困った事に、人が増えると中には気に食わない者も紛れ込む。
糾弾するつもりはなく、この池で何年も前から撮影している穏やかな者達とは考えが全く合わないだけである。
カワセミを撮っている画角中に、他の被写体の撮影を楽しんでる人がいるからといって、そこをどけと要求する
人は、かつてこの公園には居なかった。
子供が声を上げて遊んでいると、カワセミが逃げたり来なかったりする事もあるだろう。
でもそんな子供たちを追い払う人は、かつてこの公園には居なかった。
カワセミの留まる枝は決まっていて、手前の枝葉が被ってどうしても撮影アングルが得られない場合がある。
だからといって、市の管理所有物である植栽の枝を勝手に伐採する人は、かつてこの公園には居なかった。
カワセミの飛び込みや離水の水絡みシーンが上手に撮れたとき、撮影者の喜びはひとしおである。
だからといって、撮影者の都合で飛び出し用の杭を勝手に設置する人は、かつてこの公園には居なかった。

わたしは、こんな撮影者にはなれない。

わたしには、同じような思いを持つ撮影仲間や、撮影なんかしないけど鳥や花を観察するだけの友や、拙作を
批評してくれる方たちや、半不審行動を許し暖かく接してくれる住民たちも、とても大切な存在である。
さて、公園で邪魔な人を追い払い、木を伐り、杭を打つ撮影者にとって大切なものはなんなのだろうか?


a0203733_2072692.jpg
(ヒヨドリの空中補虫ホバリング・公園にて)
by higesuzume | 2013-09-24 20:08 | ふらり風景